アイヒマン実験 探求と倫理
アイヒマン実験

研究や実験は、研究者の探究心や好奇心、または社会への貢献という考えなどから行われることが多いと思います。
その時、同時に考えなければならないのが、研究上の倫理です。
例えば、薬学などでは人体実験の前に動物実験があります。もちろん動物実験をする前には、論理的に安全が確保されるか検討されます。また動物実験で成功してもすぐに人体実験をするわけではなく、再度検討し、影響力が低いところから段階的に量を増やして研究を行います。
もちろん、人体実験に入る前には、事前に研究参加者に研究の目的や方法、考えられる不利益などが説明されます。
しかし、心理学の場合、事前に研究の目的を伝えてしまうと、結果が歪んでしまうことがあります。
例えば、「この実験は正義感があるかを調べます」と説明されれば、実験参加者は、よく見せたい(もしくは悪い人とは思われたくない)と、いつもよりも道徳的なことが考えられます。
心理学ではその場合、嘘の説明を先に行い(もしくは真の目的を説明しない)、そして、実験後に真の目的を説明するようにしています。
では、あとから真の説明を行えば、どのような実験であっても許されるのでしょうか。今回は心理学の研究、研究上の倫理問題に注目が集まった有名な実験について書きたいと思います。
その実験はMilgram(1974)によって行われました(雑誌に実験の内容が載ったのは1963年)。
この実験では、「記憶と学習に関する実験」ということで実験参加者を集い(40人)、実験参加者同士で2人1組を作ることから始まります。
2人1組といっても、一人は真の実験参加者、もう一人は実験協力者(さくら)でした。そして2人はくじ引きで教師と生徒に別れます。もちろん、くじには細工がしてあり必ず実験協力者(さくら)は生徒役になります。
生徒役は記憶学習の実験を行うと説明され、教師役は生徒が間違えた答えをするたび、電気ショックを与えるように説明されました。
最初の電流は45ボルト。一問間違えるごとに15ボルトずつあげていくという実験で、実験者が教師役の横につき、「間違えたので電気ショックを与えてください」と説明しました。
電流のマックスは450ボルト。
生徒役はボルトが上がるごとに以下のような演技をするように言われていました。
75ボルトまでは不平を言う
135ボルトでうめき声
150ボルトで悲鳴を上げる
330ボルトで反応しない
教師役の前にある電気操作パネルには、
375ボルト 非常に危険
435ボルト ×××
440ボルト ×××
と書かれていました。
では、実験参加者のうち何人が最大電流を流したでしょう。
事前の予想ではごくわずか(1%くらい)と考えられていました。
結果は6割以上の参加者が最後まで電流を上げ続けたのです。
この実験が示すのは、「人は残酷なことがいとも簡単に行える」ということでしょうか。教師役である実験協力者は何も感じず電流を高めていったのでしょうか。
答えはNOです。当時の実験参加者の中には冷や汗をかく者、手が震えだす者ヒステリップな笑いをする者がいたそうです。
では、ミルグラムはなぜこのような実験を行ったのでしょう。
はじまりは1960年にアドルフ・アイヒマンが逮捕され61年に裁判が始まったことでした。
ナチス・ドイツの警察官僚であったアドルフ・アイヒマンはユダヤ人対策において、各国からユダヤ人を強制収容所へ送り出す役割を担っていました。
残虐行為の中心的人物だったのです。
ユダヤ人絶滅を計画するナチスのメンバーであるアイヒマン。当時の人々は、ふてぶてしい悪人というイメージを持っていました。しかし、逮捕され裁判を受けるアイヒマンは弱い役人でしかなかったのです。そして裁判では、自身の行為について「命令に従っただけ」と主張したのです。
アイヒマンとその他虐殺に加わった人達は、単に上の指示に従っただけなのかどうか? ミルグラムの問いはそこにありました。
ミルグラムの実験から権威と服従に関する心理学的知見は増えました。
自分の地位を示すシンボルを身につけていること,権威者の発する命令が徐々に大きいものになっていくことは服従を強める。
逆に,服従を抑制するには,権威に抵抗している他者が存在していることが必要であること。
こういった新たな知見を得る為には、実験参加者には心理的に過酷な実験を行っても良いのでしょうか。
ミルグラムはこの実験の後、真の目的を伝え、実験参加者のその後も追跡、ケアをすすめたそうです。
ミルグラムの研究は学問的な進歩だけでなく研究倫理も前に進めたと言えます。
現在の心理学では倫理面をより重要視し研究・実験を行っています。
探求と倫理。
人間を研究する心理学においては常に着いて回る大きな問題です。
※1実験の内容に関しては「心は実験できるか 20世紀心理学実験物語」をご参照下さい。
※2ミルグラムの生涯に関しては、「服従実験とは何だったのか―スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産」をご参照下さい。
執筆:菊池 学

