対象喪失①
~悲しみをもたらすもの、喪失~

欲求としての承認
最近、何か悲しいできごとがありましたか?
悲しいできごとは気分が落ち込んだり、やる気がなくなったりと、わたしたちにネガティブな影響を与えます。悲しいできごととして、大切な人と別れたり、何かをなくしたり、失敗したり…といったことがあげられます。
何かを失ったり、大切な人と別れてしまうことはとても悲しいことです。それによって、深く落ち込み、何ヶ月、何年とその人を苦しめることだってあります。
そうした悲しみをもたらすものは“喪失”によることがほとんどです。
人が生きていく上で、喪失に遭遇することは避けて通れません。
誰しもが何らかの喪失を体験します。また、年を重ねていくにつれて
喪失に出くわす機会は多くなっていくでしょう。
…とまぁ、かなりネガティブな内容になりつつありますが、今回はそんな
喪失について考えていきたいと思います。
喪失とは
心理学の分野では愛情、依存の対象を失うことを「喪失」と呼びます。
例えば、大事に飼っていた犬が死んでしまった。長年付き合っていた恋人と別れた。
など、身近な人やものを失うということです。その対象となる人(ペットなど)に対する
思いや愛情が強いほど、それを失ったときのショックは大きいです。
強い悲しみ、悲嘆
この喪失には「悲嘆」という反応が伴います。つまり、“悲しみ”ですが普通の悲しみよりも
強い悲しみの事をいいます。この悲嘆は単に感情的な悲しみの他に、身体的、社会的、
認知的な反応を伴います。ちょっと難しい表現なので、例を出してみましょう。
例えば、突然家族が亡くなり、ショックのあまり体調を壊す(身体的反応)。
すると、会社にも行けなくなり(社会的反応)、さらに思考がネガティブになる(認知的反応)。
つまり、悲嘆とは、感情的な悲しさ+自身や周りにも影響をもたらすものということです。
喪失について考えること
このような、喪失や悲嘆は不快な経験、情動として避けられ、敬遠されます。
できれば喪失や悲嘆なしに生活できればと思うことでしょう。しかし、人生において自分の意志や
意図に反して、喪失に出くわしてしまうものです。
特に、今年の3月には東日本大震災という大きな災害が起きました。
それによって、多くの人が亡くなり、家が壊され、生活を脅かされました。
これは日本中に多くの喪失と悲嘆を与えることとなりました。しかし、喪失や悲嘆にめげず、
被災地では復興に向けて日々努力が続けられ、立ち直ろうと頑張っています。
このように、突然の悲劇は人生において、幾度となく私たちに試練を与えることでしょう。
そうした、喪失や悲嘆についてどのように対処していくかを考えていくことも必要なのではないのでしょうか?

